12月 112011
 

コンピュータの発達、特にインターネットの発達は我々の生活、特に情報の作成・保管。伝達・収集などに大きな変化をもたらしています。

その一つに以前お伝えしたFaceBookがあり、またYouTubeもその一つでしょう。

YouTubeは、インターネット上で動画を共有するサイト(サービス)ですが、実にありとあらゆるといっても過言でない動画(音声)が掲載されています。

記憶に新しいところでは中国船が尖閣諸島海域で自衛隊の艦船に衝突してきた映像が、YouTubeで公開されてしまった事件がありました。

私が最近ビックリしたのは、30年前にアメリカのSan Deigoローカルで流行った、現在CDも発売されていない、Monroesというバンドの「What Do All The People Know 」という曲が掲載されていて、しかもライブ映像でも掲載されているということに、本当に驚きました。

また、本来は著作権の関係などで掲載出来ないであろう動画も多々掲載されていて、ユーザーとしてはそれは『ありがたい』話なのですが、方や『そりゃイカンだろう』とも思うわけです。

しかし『節度を持った使い方を~』などと言っても、動き出した時代の流れはもう止められないのは明らかですから、ユーザーとアーティスト、業界がどこまでどう行ってどう折り合うのか、非常に興味深く楽しみな行き先です。

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税理士・公認会計士 原科 立郎
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12月 022011
 

今年一番の寒さという日の話題としては相応しくないかも知れませんが、最近ビーチ・ボーイズThe Beach Boysがお気に入りで良く聞いています。ビーチ・ボーイズというと、憧れのカリフォルニア、サーフィン、ホット・ロッド、金髪のおねえさん、というイメージですが、その通りであり、その通りで無し。彼らが結成されたのは1961年ですから、なんと50年前、私がまだ3歳の時に遡ります。

私がアメリカ、カリフォルニア、サン・ディエゴへ留学した時、友人からコンパクトステレオを譲り受けて真っ先に購入したのが、 「やっぱりカリフォルニアはこれだよね!」 ということでThe Beach BoysのSurfer Girlでした。


The Beach Boys Surfer Girl



デビューから20年近く経った当時のカリフォルニアでもビーチ・ボーイズはすでにオールドファッションになっていて、ラジオからThe Beach Boysが流れてくる事はまずありませんでした。

サン・ディエゴにはパドレスという野球チームがあるのですが、このチームは’82年当時弱くて(その後強くなりました!)、サン・ディエゴの恥と言われていました。

そんな弱小チームなので、試合に観客を呼ぶのに一工夫が必要だったのか、試合の前に 『前座?』 として、ビーチ・ボーイズのコンサートを開いた事があって、そのコンサートで実際にビーチ・ボーイズを観た事があります。

おなじみのヒット曲連発のノリノリコンサートでしたが、コンサートが終わると野球の試合は観ずにとっとと帰った記憶があります。

数多くあるビーチ・ボーイズのアルバムの中で私が一番気に入っているのは、1985年に発表された、その名も『The Beach Boys』です。

The Beach Boys の 『The Beach Boys』



世の評価はあまり高くないアルバムですが、帰国後間もなく自分がまだカリフォルニアの香りを漂わせていた頃に聴いた、過ぎ去りしSan Diego時代へのオマージュなのかも知れません。

とにかく、ビーチ・ボーイズは(一部の曲を除いて)、明るくて、今の時代を乗り切るBGMとしては最高!ですよ!


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9月 262011
 

一昨日9月24日、東京国際フォーラムで和太鼓グループの倭(YAMATO)のステージを見てきました。

和太鼓のまとまった演奏を聴くのは初めてで、どんな内容なのか良く判らないままステージが始まったのですが、最初の1分~2分でもうダメ。

凄すぎる!耳を通り越して、体の底から沸き上がる高揚感!

太鼓の音に揺さぶられ、叩きのめされ、振り回され、茫然自失、失禁寸前、水戸黄門で泣いてしまう涙もろい私は、自然と湧き出る涙を抑える術を知らずに、53歳にして幼稚園児状態。

『感動』と言うのはあまり好きではないのだけれど、『感動』しました!

コンサートでこんなに感動したのは、昔 San Diego で観た Pat Metheny のコンサート以来。
あの時もギターとバンドの音の渦に飲み込まれてスゴかった~。30年経ってもまだ忘れない。

私があれこれ書くよりは、百聞は一見に如かず、是非是非観て聴いて下さい!

・・・・と言っても彼らは年間のほとんどを海外公演で過ごしているようで、今年の日本公演は今週末10月1日の名古屋公演が最後のようですが・・・・。

53年生きてきて、まだまだ知らない世界が山のようにあるんだという事を実感し、希望が沸いてきた1日でした!

最高!

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9月 032011
 

うちの事務所からすぐそば、横浜のダイヤモンド(地下街)を入ったところに中古レコード屋さんがあり、いつもそこを通るたびに横目でレコード・ジャケットをながめています。

むかし、レコード盤が全盛だった頃、中身の音楽と共にとても重要だったのがレコード盤を包むジャケット(場合によっては中袋も!)でした。

アーティストは、それぞれジャケットの図柄はもちろん、材質や仕様にもこだわり、聴く側(買う側)も当然ジャケットを音楽の一部として考えていました。

SantanaのLotusはなんと!22面ジャケットとか、Grand Funk のShinin’ Onの専用メガネ付きの3Dジャケットとか、Led ZeppelinⅢは中身がクルクル回って絵が変わるジャケットとか、本当に創意工夫を凝らしていたものでした。

Santana の Lotus                         22面ジャケット(一部)と付属の写真



Led Zeppelin Ⅲ 中身クルクルジャケット その1



Led Zeppelin Ⅲ 中身クルクルジャケット その2



最近はパソコンとモバイルミュージックプレイヤーのおかげで、かさばるレコード盤を持ち歩いていた時代はもちろん、ウォークマンにしろMDプレイヤーにしろ音楽の保管媒体を別途持ち歩いていた時代から考えると、本当にウソのように大量の音楽を手軽に持ち運ぶことが出来るようになりました。

ちなみに私のi-Podには本日現在20921曲が保存され、日々私と活動を共にしています。

また、MP3ダウンロードによって、アルバム単位ではなく、好きな曲だけを購入するなど、音楽入手の方法のみならず、楽しみ方も大きく変わりました。

その中で、本当に残念なのはジャケットが失われて行くことです。

レコードの時代には、音楽を聴きながら飽きることなくジャケットを眺め、またジャケットによってはその質感を楽しんだりしていたものでした。

もちろんi-Podでは、各アルバムにジャケット写真を付けることも出来るのですが、その内側や裏側に描かれている事は判らないですし、当然「質感」もありません。

一部紙ジャケットのCDでミニチュアサイズのジャケットを楽しむことが出来るのが、せめてもの救いですね。

利便性を求めるが故に切り捨てられて行くものがありますが、レコードジャケットは切り捨てないで欲しいと思うのは、レトロな世代のノスタルジーでしょうか。

Joe Cocker の Mad dogs & Englishmen              (四つ折りジャケットの外側)



Joe Cocker の Mad Dogs & Englishmen               (四つ折りジャケットの内側)



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3月 222011
 

最近、『Wolfgang’s Vault』というWebサイトにはまっています。

Wolfgang’s Vault は、今は亡きビル・グラハム(Bill Graham)が残した膨大なコンサートテープなどのアーカイブにキング・ビスケット・フラワー・アワーズなどのアーカイブをまとめてストリーミング配信しているサイトで、2003年からやっているようですが、不覚にも最近まで知りませんでした。

ビル・グラハムという人は、60年代~70年代にかけて、サン・フランシスコに Fillmore West  と  Winterland、ニュー・ヨークに Fillmore East といういわゆるライブハウスを開き、当時のアメリカロックの中心的な敏腕プロモーターでした。

そのビル・グラハムのニックネームが Wolfgang なので、Wolfgang’s Vault というわけです。

Wolfgang’s Vault では、ロックだけではなく、ジャズやフォーク、ブルース、カントリーなどのコンサート音源がなんと無料で聴き放題なのに加えて、10ドル弱でダウンロード出来る音源も多数用意されています。

無料やたった10ドル弱での配信は、その音源の貴重さや、ほとんどがサウンドボード音源である事を考えれば、信じられないほどすばらしい内容です。

Fillmore が華やかだった頃、Grateful Deadというサン・フランシスコを代表するバンドは、自分たちのコンサートのファンによる録音を容認していたどころか推奨していたようですが、音楽をそんな風に共有し楽しむのは、インターネットが普及した現代~これからの文化の有り様を示唆しているのかも知れませんね。

既に他界したり解散したりしてしまっているアーティストの音源を聴き尽くして、新たな音源を求めてBootlegを買い漁って来ましたが、これでしばらくは大人しくしていられそうです。

Welcome to the world’s largest collection of live music audio, video and merchandise!

Fillmore のポスター 



 

 

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3月 072011
 

今日は横浜では雪が降っています。

首都圏では雪が降ると、電車の運行や道路の通行に支障が出ることが多く、また普段雪道を歩き慣れないため転倒して怪我をする人がいるなど、雪景色はきれいで心和むものがあるのですが、社会人としてはあまりうれしくない面もあります。

私が小学生だった頃には、横浜でも20㎝~30㎝の降雪があるのもさほど珍しくなく、雪だるまはもちろん、かまくらを作ったりした事もありましたが、地球温暖化の影響か、都市化が進んだ影響か、ここ30年ほどはそんなに降ることは滅多に無くなってしまいました。

雪で思い出されるのは、「雪の降る街を」と、Bruce Cockburnの「High Winds White Sky(邦題:雪の世界)」です。

前者は少なくとも私たちの世代にとってはあまりに有名な、「雪の降る街を 雪の降る街を 想い出だけが 通りすぎてゆく 雪の降る街を 遠い国から おちてくる この想い出を この想い出を いつの日か包まん あたたかき幸福の ほほえみ」です。

一人で降り立ての雪をキシキシと踏みしめて歩いて帰る時、必ず頭の中で「ゆ~きの ふ~るま~ちを~」と鳴っているのは私だけでしょうか。

後者は1971年に発表されたアルバムですが、私が存在を知った1976年頃にはすでに名盤の仲間入りをしていた気がします。

Bruce Cockburn 「雪の世界」



いかにも70年代初頭といったアコースティックギターと優しい歌声、シンプルなメロディーが心に染み入ります。

学生時代、吉祥寺の駅から井の頭公園を抜けた辺りに住んでいた私は、徹夜のアルバイト開けの早朝、未だ誰も通っていない井の頭公園を、『雪の降る街を』を口ずさみつつ、真っ新な雪にくたびれた足跡を残してボロアパートへ帰り、コタツに肩まで潜り込んで(木造ボロアパートなので石油ストーブは禁止でした。だから部屋が寒い!)『雪の世界』を聞きながら眠りに着いたのでした。

・・・・ 昭和は遠くなりにけり ・・・・。

 

 

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2月 152011
 

『豊穣』という言葉で、思い浮かべるものがいくつかあります。

一つは音楽で、Stevie Wonderの「Songs In the Key of Life」、小説ではStephen KingのIT」、映画ではRidley Scott監督の「Blade Runner」。正に『豊穣』というに相応しい作品たちです。

今回はStevie Wonderの「Songs In the Key of Life」。

Stevie Wonder                                     「 Songs In The Key of Life」



Talking Book」から始まり、「Innervisions」、「Fulfillingness First Finale」、そして「Songs In The Key of Life」と続く、Stevie Wonderのキャリアのピークを示す四部作の素晴らしさに異論を唱える人は少ないと思います。

また、この時期のStevie Wonderの一挙手一投足を、全世界の音楽愛好家が見守っていたと言っても過言ではなかったと思います。

特にこの「Songs In The Key of Life」は、当時LP2枚組だけでは収まりきらず4曲入ったシングル盤も付いていたというボリュームでありながら、一切無駄曲が無く、最初から最後まで飽きさせることが無い最高のアルバムです。

「Songs In The Key of Life」が発表されたのが1976年9月。そして、「Songs In The Key of Life」が私の中にしっかり収まったのは発表から2年後、私が大学2年の真夏。

当時高円寺の四畳半のアパートに住んでいた増田君のクーラーはもちろん扇風機も無い暑苦しい部屋に、夏休みで本人が実家の愛媛県宇和島へ帰省して居ないにも関わらずに勝手に上がり込んで(合い鍵は持っていました)、ボーッとアパートとアパートの間の狭い空を見ながら聞いていた時からでした。

『Huu~・・・・Good morn or evening  friends  Here’s your friendly announcer』と始まる「Love’s In Need Of Love Today」から一気に引き込まれて、何回も何回もレコードに針を下ろしたものでした。

そんな学生時代の平和な想い出と共に、この「Songs In The Key of Life」は、私の中で何時までも『豊穣』な香りと輝きを失わずに生き続けています。

 

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12月 082010
 

自己紹介にも書いているように、私は中学校1年生の時にロックに目覚めて以来、多少の『浮気』を除いて、ロック一筋の40年間を過ごしてきました。

出会いは当時の中学生の多くがそうであったようにラジオの「深夜放送」。友人が、先輩が聞いているというあの深夜放送を、親には「試験勉強」と言いながら夜中にこっそり聞いて、「明日の朝眠いな~」と思いつつ深夜2時3時まで聞いていました。

そんな中で出会ったロック。デビッド・ボウイの「The Jean Genie」や、エルトン・ジョンの「Crocodile Rock」、T・レックスの「Solid Gold Easy Action」、はたまたディープ・パープルの「Highway Star」とか、あの曲たちが私の人生を変えたと言っても過言ではない気がします。

その時から今までに聞いた曲、アルバムは数え切れませんが、現在自宅のiTunesには、約2,700枚のアルバムが登録されています。

最初に買った”洋楽” Deep Purple Live In Japan



30歳になる頃、これから先“親父”になるにつれてだんだんロックも聴かなくなるだろうし、いつまでもロック聴いてる場合じゃないよな~と思い、ちょっとジャズの道を歩みだした事がありました。

なんですが、やっぱり好きなものは歳を取ろうが何だろうが好きなので、結局ロック一筋40年になりました。先日仕事でお会いした方に「HP見ましたが、ロックがお好きなようですね」と言われ、「やめられないんですよ」と答えると、その方も同様にやめられないという事を仰ってました。三つ子の魂百までということでしょうか。

最近では、「俺の葬式には、Steve Miller Bandを流してくれるように」と家族に言っています。ちゃんと「遺言」書いておこうかな・・・・。

 

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